こんにちは。
前回は「録音レベル」に焦点を当ててお話ししました。
今回は録音に必要なマイキング(マイクの配置・設定)についてお話します。
まず前提として、どういった場所で収録するのか(ホール、スタジオ、自宅等)、どういうマイクを使えるのか、さらに録音した演奏をどういった目的で使うのかによっても最適なセッティングは変わってきます。
どのシチュエーションでも使える万能な設定は残念ながらありません。
まず第一に大切なことは、その場で自分の耳で確認する事です。
ピアノの周りのどの位置で聞いた時に、自分の表現したい音で聞こえるかという事が重要です。
とは言え、ただ闇雲に試行錯誤をしてもなかなか最適なセッティングまでたどり着くのは難しいと思います。
この記事で、ある程度のマイクの設定パターンをご紹介しますので、これらをベースに最適なセッティングを探してみてください。
前回の記事同様、これまで「録音なんてした事がない」といった方でも理解できるよう、できるだけ分かりやすく説明していきます。
ピアノの響きについて
まず最初に、ピアノがどのようにして音を出し、どのように響いていくかという事を整理しましょう。
ピアノの構造や各部の名前なんかはYAMAHAの「ピアノのしくみ」あたりを見ると分かりやすいと思います。
まず、演奏者が指で鍵盤を押し下げます。ここで打鍵音がします。
次に、鍵盤の動作によりハンマーがピアノの弦にぶつかって、ピアノの弦が振動して音が出ます。
さらに、弦の振動がピアノの響板に伝わり、ピアノ全体が振動して大きな音になります。
そして、振動がピアノの足から床へも伝わっていきます。
空気中を伝わる音は、部屋の壁・床・天井にぶつかり、複雑に反射して響きを作ります。
このような感じで、いろいろな要素が絡み合い、ピアノの響きが出来上がります。
だからピアノの録音は難しい
ここで紹介したピアノの音は、1つ1つの要素がそれぞれ性質の異なる音を出しています。
したがって、録音する際はどこにマイクを置き、どの方向にマイクを向けるかによって、録音される音色は大きく変わってきます。
また、部屋の形や壁の材質、広さや天井の高さ、部屋に置かれている物によっても大きく響きは変わってきます。
ピアノ収録のマイク設定において、全ての環境にマッチするような「こうすれば間違いない」というような正解は導き出せないのです。
使うマイクについて
一般的に楽器演奏の録音に使うマイクには大きく分けて2種類あります。ダイナミックマイクとコンデンサーマイクです。
ダイナミックマイクとは
マイクと聞くと、よくカラオケ等で手で持って使うマイクを最初に思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。あれがダイナミックマイクです。
構造がシンプルで衝撃に強く、比較的安価なものが手に入りやすいです。
電源も不要で、壊れにくく簡単に扱うことができます。
近くて大きな音を収音する事が得意で、マイクから遠い音を拾いにくい(周囲の雑音が入りにくい)傾向があります。
製品ごとに特定の周波数帯域(音域)を収音しやすいようにできていて、人の声(ボーカル)用や、特定の音域の楽器に特化したものがあります。
一方で繊細な音は苦手な傾向があり、周波数特性からもピアノのような音域の非常に広い楽器の収音は難しくなってきます。
ダイナミックマイクでピアノの録音は難易度が高くなりますので、次に説明するコンデンサーマイクを利用する事が一般的でおすすめです。
コンデンサーマイクとは
衝撃に弱く慎重な取り扱いが必要で、ダイナミックマイクよりも高価になる傾向があります。
湿度にも弱いですが、そこまで神経質になる必要はありません。(そもそも普段ピアノを扱っている方であれば、湿度はある程度気にしていると思いますので問題は無いと思います。)
そして繊細な音を、幅広い音域でバランスよく収音できる傾向があり、ピアノの録音にはよく利用されます。
しかし、繊細な音を収音できるという事は、マイクから遠い音(周囲の雑音)も入りやすいので注意が必要です。
そして電源が必要になります。
電源と言っても、マイクを普通のコンセントに挿すのではなく、カメラやレコーダーからのプラグインパワー方式で電源を供給する方式だったり、ミキサーやオーディオインターフェース等からファンタム電源を供給するような形で利用します。
レコーダー等のマイク用端子にマイクを繋げると、そこから電源が供給されるようになっている製品であれば、プラグインパワー方式のコンデンサーマイクを使う事ができます。逆にマイク端子から電源が供給されない製品にはダイナミックマイクしか使えません。
マイクの指向性について
マイクには、それぞれどの方向の音を収音できるかという特性があります。どの特性のマイクを利用するかによって、マイクの適切な配置も変わってきます。
無指向性マイク
マイクの周囲、どの方向からの音でも同じように収音します。
響きの良い空間であれば、ピアノから少し離した場所に置いて、響きや余韻を収音する事に利用される事が多いです。
人間が耳で聴いた場合に近い感覚で利用できます。
周囲の音を拾いやすいので、雑音の多い場所では楽器の収音は難しい傾向がありますが、ピアノの屋根から内部に差し込んで、ピアノ自体の響きをダイレクトに収音するケースもあるようです。
単一指向性マイク
マイクから見て、特定の方向の音を収音する事ができるマイクです。
少し離れた位置からピアノに向けて設置してピアノ全体の響きを収音したり、ピアノの至近距離から直接的な音(ハンマーが弦を叩く音や、響板のダイレクトな響き等)を狙って収音するような使い方をします。
マイクの横や後ろ側の音は拾いにくいので、無指向性マイクと比べて割とどんな場所でも使いやすい場合が多いです。
単一指向性マイクには、収音する幅によっていくつか種類があります。
1.カーディオイドマイク
一般的な単一指向性マイクです。マイクの正面の音はよく拾い、横からの音は控えめ、後ろからの音はほとんど収音しない特性を持っています。
2.スーパーカーディオイドマイク
カーディオイドマイクよりも角度が狭く、横からの音も拾いにくくなりますが、後ろからの音は少し収音する特性があります。
3.ハイパーカーディオイドマイク
スーパーカーディオイドマイクよりもさらに角度が狭く、横からの音はほとんど収音しなくなります。しかし後ろからの音はスーパーカーディオイドよりも収音しやすくなります。
4.相指向性マイク
正面と背面からの音を同等に収音し、側面の音はほぼ遮断するような性質を持っています。
ピアノの録音では、一般的なカーディオイドマイクが使いやすいと思います。スーパーカーディオイドやハイパーカーディオイドは、楽器自体が大きいピアノに対しては扱いが難しくなります。
マイクの位置の決め方
では、いろいろな条件を考えながら、マイクの配置を考えていきましょう。
よく響く環境で録音する
クラシックの演奏の場合、特にコンクール等の審査や鑑賞用で録音する場合の一番のおすすめは、良く響く場所で、良く響くピアノで演奏し、録音するという事です。
具体的に言うと、ピアノを演奏する事を想定したホールで、フルコンサートサイズのグランドピアノで演奏し、それを録音します。
この場合のマイクの位置ですが、下図のように演奏者から見て右手側の少し斜め前方の、高めの位置に配置すると良い場合が多いです。
グランドピアノの構造上、屋根(蓋の部分)は演奏者から見て右側が持ち上りますので、ピアノの内部の響きが屋根に反射しながら右手側の斜め上に飛んでいく事はなんとなく想像できるかと思います。
さらに細かい事を言うと、ハンマーが弦を打つ位置と屋根の形状から、打弦の音が効率的に飛ぶ方向は演奏者から見て右前方になります。
この位置にマイクを置く場合、ピアノとの距離によって音の聞こえ方が変わってきます。
ピアノにマイクを近付けていくと、ピアノの直接的な音がよく収音できます。
音の響きは控えめになり、音の輪郭がはっきり聞こえます。
あまり近付けすぎると、打鍵音やペダルの音といった、ピアノ自体が発する耳障りな音も大きく収音されますが、ピアノ以外の音は収音されにくくなります。
逆にピアノから離していくと、ピアノの豊かな響きを収音できるようになっていきます。
しかしながら、あまり遠ざけすぎると響きが残りすぎ、音の輪郭がぼやけてしまいます。
そして、ピアノ以外の些細な周りの雑音も収音されるようになってしまいます。
実際にはマイクの置く位置(距離)を変えながら何度か録音し、聴き比べて、音の明瞭さと響きのバランスを取って最適な位置を探すと良いと思います。
この位置からは、無指向性マイクで全体の響きを収音しても良いですし、単一指向性(カーディオイド)マイクを使ってピアノを狙っても良い音で収音できます。
なお、ピアノホールFで私が録音する場合は、ピアノから距離3m、高さ2mくらいの位置から単一指向性のマイク2本(ステレオ)で収音します。
音響の良い場所の場合は、近めの位置から単一指向性マイクでピアノを狙いつつ、少し離れた場所に無指向性マイクを置いて、2カ所のマイクから同時に収音してバランスを取る場合もあります。
いずれにしても、響きの良い場所で、響きの良いピアノを演奏するのであれば、そこまで神経質にならなくても良い音で収音できる事が多いです。
あまり響かない(響きの良くない)環境で録音する場合
上で説明したような環境がいつでも使えればいいのですが、なかなか恵まれた環境を借りるのは難しいという場合もあると思います。
そういった場合に最低限注意しなければいけない点を紹介します。
妥協する事
録音される響きが理想に届かないからといって、永遠にベストな配置を探し続けても、その空間の響きがあまり良い環境では無かったら理想通りの結果にはなりません。
ある程度で妥協しなければ、いつまでたっても録音できませんので、妥協は大事です。
高すぎる理想は横に置いておき、まずはその環境で可能な範囲の「良い音」で収音できるよう、考え方を切り替えましょう。
音響を諦められないのであれば、良い場所を借りましょう。
音の反射に気を付ける
音は空気が振動して伝わります。振動は波形で表されます。波形の山が重なると増幅し、山と谷が重なると打ち消しあいます。
特に壁や天井が固く平らな場合に顕著になりますが、楽器から直接マイクに届く音と、壁や天井から反射して届く音のタイミングの微妙なズレにより、特定の音が不自然に大きかったり小さかったりする場合があります。
こういった場合、場所を少しずらすだけで音が変わりますので、まずはピアノの演奏を耳で聞きながら歩き回り、不自然に聞こえるポイントを避けてマイクを置くようにしましょう。
一般的に壁や天井のすぐ近くはあまり良くないケースが多いです。
部屋の形や壁の材質によっては、なかなか良いポイントが探し出せないかもしれません。
そういう場合は壁に物を置いたり、置いてある物の位置や角度をずらしたり、絨毯を敷いたりカーテンを広げたりして、できるだけ直線的に音が反射する場所を減らして、部屋の響き方を変えてあげると、特に高音域では改善すると思います。
しかし、低音域で不自然な音が出る場合は、場合によっては部屋自体と共鳴しているような場合もあり、部屋の構造上なかなか対処が難しいケースもでてきます。
そういう時はピアノ自体の響きを変えてしまう(屋根を全開から半開にする、あるいは閉めてしまう)事も必要かもしれません。
それなりの広さがある場所でグランドピアノを録音する場合
「よく響く環境で録音する」で紹介したマイクの配置が使えるケースが多いです。
それなりの広さがあるスタジオなんかだと、満足のいく録音が出来る場合も割とあると思います。
一言添えるなら、ピアノの音は上に向かって広がる傾向があるため、天井の高さはある程度あった方がいいと思います。
あまり広くない場所でグランドピアノを録音する場合
「よく響く環境で録音する」で紹介した位置にマイクを置こうとしても、すぐに近くに壁や天井があったり、外からの音が入ってしまったり、音が不自然に聞こえてしまったり、なかなか難しいケースが増えてきます。
必然的にピアノの近くにマイクを置く必要があるのですが、こういう場合に試したいマイクの配置を紹介します。
屋根を半開(短い棒で少し開けた状態)にして、その隙間にマイクを向けて録音する
部屋の中の響きがあまりよくない場合でも、グランドピアノの中は良い響きで溢れていますので、部屋の響きは諦めて、ピアノの内部を狙います。
この場合、ピアノ内部の直接音の出る部分にマイクが近くなるので、高音と低音のバランスに注意しましょう。
マイクは1本よりも2本の方が調整しやすいと思います。
2本をピアノの内部の異なる方向に向けてバランスをとったり、1本はピアノから離れた位置で控えめに響きを捉えたりしてもいいと思います。
演奏者の後方の少し高めの位置にマイクを置いて録音する
演奏者の近くにマイクを配置すると、演奏者が普段弾きながら聞いている感じに近い音で収音できます。
この場合も、マイクの向きでバランスを取ります。
左右の向きで低音と高音のバランスもある程度取れますし、マイクをハンマーのあたりに向けて(下向き)直接音を多めにするか、向きを水平にして響きを多めにするかといった調整もある程度できると思います。
アップライトピアノを録音する場合
ピアノの上蓋を開けて、上からピアノの内部にマイクを向けて録音します。
この場合も、ピアノからの距離で直接音と響きのバランスを取ります。
しかし、アップライトピアノが設置されている場所は天井が高くない場合が多いので、あまり高い位置にマイクを設置できない場合が多いと思います。
そういった場合は、先ほどグランドピアノの例で説明した「演奏者の後方の少し高めの位置にマイクを置いて録音する」と同じように、演奏者の後方の少し高めの位置から狙ってみましょう。
マイクの向きでバランスを取る方法も同様です。
一番重要なこと
マイクのセッティングについて具体的なパターンをいくつか紹介してきました。
何度も言いますが、使うピアノやその場の環境によって、最適なセッティングは大きく異なってきます。
一番重要なことは自分の耳で確かめることです。
まず、ここで挙げたパターンを参考に最適なマイクの位置を探してみてください。
そしてマイクの位置が決まったら、前回の記事でお伝えしたように録音レベルを設定し、録音をしてください。
実際に録音した演奏を聴き、マイクの位置を再度ずらしてみたりして、満足のいく録音ができるように試行錯誤してみましょう。
ここまでのマイキングについてのお話をしました。いかがでしたでしょうか。
前回の記事と合わせて「良い音で録音するためには」といった内容でいろいろお伝えできたと思います。
さて、録音された演奏はデータとして保存されて、後から様々な媒体で再生ができるようになります。
せっかく良い音で録音できても、良い音質でデータを残せなければ、良い音で聴く事ができません。
次回はこのデータとして保存される時の「音質」について掘り下げてお話したいと思います。
それではまた!